旋律のGt. John.D
 1986年5月14日に生まれ、4歳の頃からギターを始め、11歳にはホールやバーなどでライブを行う。
始めてのライブは名曲「夜空のムコウ」の弾き語りであった。
幼少期はフォークソングや歌謡曲を好んで多く聴き、井上陽水氏や布施明氏、かぐや姫など数多くの名曲を耳にする。またギターを始めたきっかけとなるベンチャースも然り、はじめて買った楽譜もベンチャーズである。
 11歳になると布袋寅康氏に大きな影響を受け、ファンク、カッティング、ギタリストとしての在り方、そしてなによりロックの素晴らしさを学ぶ。
この時代になると作曲を勢力的に行い、DTMを取り入れたのもこの時期である。
 高校時代になると、ONE SHOTというバンドに参加し、ハードロックを学ぶ。このバンドはバーで弾いていた幼い自分によくしてくれた方々で、まさに奇跡の出会いであった。
この時代は最も多くの音楽を学んだ時であり、そのきっかけとなったのが舞台やミュージカルであった。
 大学に入ると、さらにヘビーな音楽やメタル、また色彩音楽などの近代音楽を網羅し、オールマイティな旋律を会得した。また最近ピアノでの作曲も増え、R&Bも勉強中である。

 John.Dは音楽の響きに関して非常に敏感で、それらを音楽的に様々なアプローチから分析し実現している。
例えば「音を頭の中で色に変換する」「夢に出てきた楽譜を現実世界に持ち込む」など、もはや一、学問のレベルにまで昇華している。
このバンドにおいても、周波数が人の脳に与える影響を網羅し、研究した結果「John.Dコード」を作り出すことに成功した。これは脳に刺激を与えるがために「知的な音楽」と称されるジャズの理論に基づいている
このJohn.Dコードが曲の様々なところにあるために、オーディエンスを脳から惹きつけて離さない。

 愛器「MUSIC MAN」は14歳の時出会った。
「1本のギターで全ての音が出せるギタリストになりたい」
自分のそんな願いから、自分が成就するまでにこのギターを手放すことは絶対ない。
人生で最も大きなライブの時、調子の悪かったコイツが最高の音を出してくれた。
その後、修理に出したら配線が完全に焼け、ライブどころか音が出たのさえ奇跡だったらしい。
ありがとう、お前に最高の歌を歌わせるために死ぬほど努力するよ。

おまけ!!